僕はジブリ作品が好きだ。
いや、そう主張したところで、
「オレ(私)の方がもっと好きだよ!!!!!!!!!!!!!!!」
という声が聞こえてきそうだが、私はさらに踏み込んで、なぜジブリが自分(人)をこれほどまでに(時には破滅的なまでに)惹きつけるのか、を考えたい。
ここで仮説だが、ジブリ作品は一貫して「自然」を取り入れているからではないだろうか。
自然。
プロフェッショナル仕事の流儀で宮崎駿氏が取り上げられた際、印象的なシーンがあった。
「崖の上のポニョ」製作中に、宮崎駿氏はあるアニメーターを非常に叱った。
その理由は、「風景の中の鳥を適当に描いていた」からだそうだ。
私から見て、「…重要な登場人物でもないし、背景の一部みたいなものだから、簡単なラフスケッチじゃダメなのか…?」
とは思ったのだけれど、宮崎駿氏はそこを見逃さなかった。彼はそのアニメーターにこんな厳しい言葉まで吐いた。
「(自分が)舐められているような気がします。」
キツイ。。。。
叱る際に個人的に呼び出して、冷静に、淡々と、そして敬語で叱る点に関しては大変好感が持てたが、この言葉は、厳しい。
でも、宮崎駿氏の視点からいうと、どんな細かいところにも手を抜きたくない、ということなのだろう。
それは、松下幸之助が「小さいところに神は宿る」と言っているように、細かいところこそおろそかにしてはいけない、ということは、ビジネス界でもよく言われることだ。
また、宮崎駿氏は、自然の描写をこそ、大事に大事にしていたからこそ、上記のような言葉で叱ったのかもしれない。
名作、「風の谷のナウシカ」は、自然と人工の対比の作品だ。
宮崎駿氏は、作品を見ても、明らかに自然派で、また反文明的とも言えるかもしれない。
それは、氏がCGを駆使せず、すべで手書きで絵を描いているところからもわかる(それは上記したプロフェッショナル仕事の流儀を見ても、痛いほどよくわかる)。
人類は今まで自然を利用、破壊をしつつも、共生してきた。
都市生活に慣れた現代人の中でも、歩く場所は「地面」といってもコンクリートの上など、土や木に触れるという習慣が減ってきた人も多いのではないだろうか。
そんな中で、ジブリ作品には必ず自然が、物語の中で大きな位置を示す。
その自然に、人々は何か強くて大きなものを感じ、また同時に親近感を無意識下に感じざるを得ないために、人々はジブリ作品に惹かれるのではないだろうか。
また、補足だが、上の赤毛の女の子(メアリ?)の顔が、また自然な感じが、人を惹きつけるのではないだろうか。
眉毛が不自然なまでに細いわけではなく、しっかりとあり、キリリッと、凛としているところがいいのではないか(…私自身が太眉が好きというわけではなく…)。