そこで、今回はそこの『空気』についてフト思うことがあったので、そのことについて書いてみようと思う。
運転免許センター=世間の縮図
先日、免許の更新のために運転免許センターに行ったんだけど、あそこはまるで現代日本の、世間の縮図だね。待ち時間に本を読んでいる人が殆どいないんだよ。
この成毛氏の言葉を、今日運転免許センターで思い知った感があった。
運転免許センターに来るのは免許を有する老若男女である。
また、当然のように様々な職業、社会身分の老若男女である。
マイルド(ワイルド?)ヤンキーから、せわしなく電話がかかってくるビジネスパースンまで。
そしてまた、内面的なところ、つまり趣味趣向、生き方も全く異なる老若男女が、一堂に会する時である。
そんなこといちいち考えもしなかったが、今回免許の更新に来て、急に成毛氏の言葉を思い出し、なんとも感慨深い思いに駆られた。
そんな運転免許センターの『空気』は、なんともいえない、不思議な、混沌としたものであった。
ここでまた重要なのは、それぞれお互いが『赤の他人』であるということだ。
免許の更新というのは、あくまで個人的なもので、友達と行くようなものではない。
ゆえに、人間は沢山いるのに、人間個々としては独立しているというか、孤独なのである。
これが、なんともいえない『空気』を出している。
哲学者の三木清は、自著『人生論ノート』において、こう綴る。
孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の「間」にある。
まさに、運転免許センターにおいて三木清のこの言葉をも思い知ったのだった。
運転免許センター=マジで空気(の循環)が悪い
それと、運転免許センターで、これは文字通り身体をもって思い知ったことであるが、非常に空気が、悪い。
私のいった宮城県運転免許センターは天井が低く、特に広くもない。
それでいて、とても多くの人がそこに集い、短くない時間をそこでそこで過ごさなければならないのである。
私は5歳頃から偏頭痛持ちで、何か妙にイライラしたり、空気が悪いところにいると、すぐ頭が痛くなる。
今回は完全に後者のパターンに引っかかった。
そうして私は今、おでこに熱さまシート的なものを貼って、寝床であおむけになってBlogを書いているのである。
今度からはマスクをしていこう。そう、今回は学習したのであった。

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